小坂鉄道11号蒸気機関車

小坂鉄道11号蒸気機関車
小坂鉄道11号蒸気機関車

大正15年(1926年)に登場。昭和37年(1962年)の軌間拡幅(762㎜から1067㎜に改軌)まで36年間にわたって、貨客輸送に活躍。「釜汽車」とも呼ばれ、小坂線に最後まで残った蒸気機関車。米国ボードウィン社のタンクを模したもので、雨宮製作所製造。

小坂鉄道11号蒸気機関車
小坂鉄道11号蒸気機関車

連結されている客車は、大正5年(1916年)に2、3等客車として造られたものを貴賓客車に改造したもの。大正10年(1921)8月4日に秩父宮、高松宮両殿下が小坂鉱山に来訪した際にも使用された。オープンデッキの32人乗り木造客車。日本車輌製造。

なお、小坂鉄道は、秋田県大館市から小坂駅まで、小坂製錬が運営していた貨物鉄道。2009年に廃止。

小坂駅
小坂駅

【蒸気機関車シリーズ】乗車券/美唄駅

E4100
E4100

E過熱タンク機関車4122

4122号蒸気機関車は国鉄の奥羽本線庭坂・米沢間の板谷峠越え33‰の急勾配線区において輸送力増強のため大正元年にドイツから輸入された4100形をモデルとして国産化された4110形の13両目のものであった。

これは大正3年4月、川崎造船所兵庫工場製、運転整備の時の重量は65.27tで、その後主として米沢及び庭坂機関庫に所属していて奥羽本線の列車の牽引に当り同線の電化されるまで約34年間、奥羽地方の産業の発達に貢献した。

これは僚機4137号と共に昭和23年7月国鉄庭坂機関区から本鉄道に譲渡され、その後譲受された4142、4144号並びに当社発注の2〜4号と共に戦後の石炭輸送に活躍し、現在では国鉄払下げの4110形最後の1両となってしまった。なおこの機関車後部に当社製の簡易除雪器を設けてある。

 

1
2号機関車

E過熱タンク機関車2

2号蒸気機関車は本鉄道の25‰急勾配区間における輸送力増強のために準備された3両の同形機関車の第1両目のものであった。これは大正8年7月、三菱造船株式会社神戸造船所で、同所が第1次世界大戦後の事業転換の一つとして鉄道車両の製造に着手した際の蒸気機関車第1号機という記念すべきものである。

これの仕様は国鉄の急勾配用4110形と同じものであるが、大煙管は22本と1本多くなり運転整備の時の重量は65.28tである。

これは大正9年4月に製造された3号及び同15年3月に製造された4号と共に本鉄道の主力機関車として50有余年間石炭輸送に活隆している。なお3号は昭和41年北炭真谷礦専用鉄道に譲渡されたが、同鉄道で昭和44年用途廃止され、4号は現在も本鉄道で活躍中である。(田沢義郎 撮影)

 

1号機関車
1号機関車

1Dテンダ機関車1

1号機関車は本鉄道が第1次世界大戦による輸送の上昇に対処するため、アメリカから購入したもので、明治40年ボールドウィン機関車工場製、当初はニカラグア・ナショナル鉄道向けのものを大正7年にフレーザー商会が日本へ輸入したものであった。

これの仕様は当時北海道で貨物列車用として使用されていた、国鉄の9040形1Dテンダ機関車(元北海道炭礦鉄道所属へ形【※原文ママ】)とほぼ同じもので運転整備のときの重量は60.01tであった。

これは昭和24年9月に用途廃止され、翌25年4月に同系の雄別炭礦鉄道へ譲渡され9046号(2代目)となり、昭和40年7月同鉄道で用途廃止となり、解体された。(ボールドウィン原図)

 

美唄鉄道(以上、原文ママ)

【B6型蒸気列車試乗記念】乗車券/五和駅

B6
B6

老雄B6型2109号

懐しい明治の汽笛、シリンダー、ロッドのひびき、失われゆくSLをいつまでも美しく保つために2109は千頭駅構内に永久保存されている。

昭和45年11月3日、明治の佳節を記念して明治の代表B6の引く列車の試乗会が盛大に行なわれ、明治節の歌の中にひびくイギリスの笛の澄んだひびきは、躍進明治の息吹きを感じさせた。

【蒸気機関車さよなら運転記念入場券】記念切符/高崎駅

C57

C57型式 C5728号

高崎線(高崎〜倉賀野間)を走る急行あかぎ号
昭和26.11撮影

 

C58
C58

C58型式 C587号

八高線(北藤岡〜藤岡間)を往く上り貨物列車
昭和32.4撮影

 

D51
D51

D51型式 D51509号

信越線(安中〜磯部間)を往くデコイチの雄姿
昭和37.1撮影

 

D51
D51

D51型式

八高線・折原〜竹沢間・のどかな田園風景に活躍するデコイチ
昭和45.7撮影

C12
C12

C12型式

足尾線草木〜沢入間を渡瀬川の渓流に沿つて走るC12型の雄姿
昭和45.6撮影

 

C12
C12

C12型  重連 C12163号
C1241号

神土駅構内で整備され、山間の勾配線に向つて出発するシイジユウニの元気一ぱいの活躍
(C12型重連は全国鉄中足尾線のみに見られたものです)
昭和45.7撮影(原文ママ)

【三菱大夕張炭砿株式会社】入場券・乗車券/大夕張炭山

9201
9201

1D テンダ機関車 9201

9201号蒸気機関車は本鉄道が昭和4年に通洞駅(現大タ張炭山駅)までの延長を完成し、専用鉄道として鉄道省の運転管理を離れ、自主運転を行うに際して、同年5月に美唄鉄道から譲り受けたものである。

しかし実際は昭和3年8月に札幌鉄道局追分機関庫で用途廃止となったものが、名義上美唄鉄道に譲渡され、現車は同年10月に清水沢から直接入線した。これの運転整備のときの重量は76.68t。

これは北海道鉄道部所管の官設鉄道が明治38年4月に鉄道作業局へ移管された頃、北海道内で使用するためにアメリカのボールドウイン機関車工場に発註されたもので、完成時には日露戦争の関係で陸軍省所属となったが、形式番号は鉄道作業局の機関車と同じ系列で、F2形、801号と呼ばれた。

これはその後大夕張炭山駅構内の小運転に使用されていたが、昭和38年1月23日に三菱鉱業㈱上芦別鉱業所専用鉄道へ移り、昭和39年4月に同鉄道の廃止と共に解体された。

 

9600
9600

1D 過熱テンダ機関車 No.3
No.3蒸気機関車は本鉄道が輸送力増強のため、日立製作所に発註したもので、昭和12年に製造された。
これの仕様は、機関車は国鉄の9600形と同じであるが、炭水車は逆行運転も可能なように両側が切り落された、水10m3、石炭5tのC56形のそれと同じで、運転整備のときの重量は89.72tである。

これは入線後、本鉄道が昭和14年4月から地方鉄道として一般営業を開始すると共に、時代の要求に応じた石炭増産が行われたので、9200形の2両や、自社発註のNo.5と共に、混合列車又は石炭列車の牽引に活躍した。

現在は国鉄から譲り受けた96の一群と共に活躍を続けている。

 

C11

1C2 過熱タンク機関車 C 1101

C1101号蒸気機関車は、第2次世界大戦の末期に本鉄道の輸送力増強のため購入されたものであるが、その発註は同系の雄別炭礦鉄道、尺別専用鉄道が日本車輛製造㈱にしたもので、昭和19年7月に製造された。

しかし、雄別炭礦鉄道㈱尺別炭礦は昭和19年9月に休山と決定したため同20年4月20日、本鉄道に引き取られたものである。

これの仕様は、国鉄のC11形と同じであるが、外観などからすれば、C11247号以降のいわゆる戦時形と呼ばれるものに該当し、運転整備のときの重量は67.52tである。

これは昭和20年1月に本鉄道における使用が開始され、その後はテンダ機関車に伍して大夕張炭山—清水沢間の列車牽引にも使用されている。

 

南大夕張新砿落成記念
南大夕張新砿落成記念9600

三菱大夕張炭鉱(株)南大夕張炭礦

南大タ張新鉱は、昭和41年9月石炭鉱業合理化臨時措置法にもとづき、新鉱開発地域として国の指定を受け、同年10月10日の起工式以来4年に亘る歳月をかけ、100億円を超える投資によって、45年8月営業を開始し、南大夕張礦業所として発足をみた。

当礦は、近代的設備を積極的に導入、特に中央官制機構は他鉱に見られない設備で、主要設備の中央監視制御、保安の自重計測と中央監視、情報収集、指令機能の統一これ等設備に伴うコンピュータ活用など、徹底した省力化と保安優先の近代炭鉱として、46年5月竣工式を挙行、46年度は年産90万tの原料炭採掘を計画、順調な出炭を続けており、将来は年産120万tを目標としております。

実収炭量は約2880万tで、石炭の品質も低灰分、高カロリー(発熱量8400カロリー以上)の本邦最優良原料炭であり、いま誕生のよろこびを謳い、限りない発展を秘めているビルド鉱であります。(原文ママ)

【DISCOVER JAPAN】急行券/斜里駅

C58
C58

雪の朝のSL(冬)

斜里駅を発車して間もなく斜里川を渡る網走行列車。晴れた日には,名峰斜里岳が後に見える。機関車はC58型。

この頃は,知床連山も,オホーツク海も白一色におおわれ,流氷原を渡ってくる風は膚を刺すように冷たい。

しかし,一歩家の中に入れば,ストーブが燃えさかっており,厳しい自然の中にも逞しく,楽しい人間の生活があり,本当の北海道らしい旅情を味わうことができる。

釧路鉄道管理局

(原文ママ)

【さようならスワロー・エンゼル】急行券/札幌駅

C62
C62

さようならスワロー・エンゼル

栄光の名機 “スワロー・エンゼル” を追え、これは全国SLファンの合言葉である。銀色に輝くツバメのマーク、力強いドラフトの響き、C62の2号機、それは日本最大、最強のSLの王者の雄姿である。

そのもっとも栄光に満ちた時代は、昭和25年春から昭和31年秋にかけて、東海道本線の特急“つばめ”を引いていたときであった。

この勇者C62も時代の波に消えさろうとしている。昭和23、24年に49両製作された僚機も、小樽築港機関区にある、2、3、15、16号機のみで、2号機が9月15日限りで急行ニセコとお別れし、長万部・小樽間普通列車第135、136列車を引き、その他の3両は廃車の運命にある。

9月15日がC62の最後の三重連、もちろん重連すらお目にかかれなくなる。

国鉄北海道総局(原文ママ)

C11292/新橋駅前SL広場

C11
C11

昭和20年2月11日、日本車輛株式会社で誕生。戦争末期、物資がなくなりつつあったころに作られ、ボイラーの上にある蒸気溜、砂溜が角張っているのが特徴(いわゆる戦時型)。

誕生後すぐに山陽本線の姫路機関区に配属となり、中国地方のローカル線(播担線や姫新線)などを走った。走行距離は108万3975kmで、最初から最後まで一つの機関区にいた珍しい機関車。

東京を走行したことはないが、鉄道100年を記念し、1972年10月、新橋駅前に設置された。

ネオンにも負けない迫力
ネオンにも負けない迫力
人も多く、無粋な電信柱もあり、あまりキレイに撮影できない
人も多く、無粋な電信柱もあり、あまりキレイに撮影できない
2014年のクリスマス・デコレーション
2014年のクリスマス・デコレーション

【第98回鉄道記念日】入場券/金沢駅

7100
7100

7100形式テンダ機関車
明治13年北海道の最初の鉄道である幌内鉄道(小樽、札幌間)の開業のため米国ポーター会社から輸入された小形テンダ機関車である。台枠等の構造がすぐれ、その後の近代蒸気機関車の基礎となった。機関車ごとに義経、静、弁慶等の愛称がつけられたためもあって、機関車ファンの愛好の的となり、現在3両が創業時の姿に復元されて保存されている。同形式8両。

軸配置 1C     ボイラー圧力 7.7kg/cm2
全 長 11.9m    運転整備重量 28.1t
火格子面積 0.9m2  動輪周出力 300ps
動輪径 914mm   最高速度 45km/h

 

8620
8620

8620形式テンダ機関車

国鉄の機関車は明治期には輸入機が大部分であったが、明治中期に国産機が誕生し大正前期には完全に国産化された。大正3年製の旅客用の8620は9600とともに国産標準機の第1号であった。万能型の性能であらゆる支線区に使用され、鉄路のあるところ8620を見ざるところなしのほど全国的に普及した。新製両数687両、現役両数文は93両。

軸配置 1C     ボイラー圧力 13kg/cm2
全 長 16.8m    運転整備重量 83t
火格子面積 1.63m2  動輪周出力 630ps
動輪径 1600mm   最高速度 90km/h

 

C57
C57

C57形式テンダ機関車

昭和12年にC51形式の改良近代化機として誕生し、北陸線、鹿児島線、東北線等の幹線の旅客列車けん引に使用された。形態は優美の象徴ともいうべきで国鉄の機関車のうち最もスマートである。新製両数は201両、現役両数は109両。
軸配置 2C1     ボイラー圧力 16kg/cm2
全 長 20.3m    運転整備重量 116t
火格子面積 2.53m2  動輪周出力 1040ps
動輪径 1750mm   最高速度 100km/h

 

C58
C58

C58形式テンダ機関車

昭和13年に標準中形客貨用機関車として誕生し、輸送量の多い全国のあらゆるローカル線に使用された。8620に劣らない高速性能と9600に匹敵するけん引力を兼ね備えた万能機関車で、蒸気最終を飾る候補機である。新製両数402両、現役両数は234両。

軸配置 1C1     ボイラー圧力 16kg/cm2
全 長 18.3m    運転整備重量 103t
火格子面積 2.15m2  動輪周出力 880ps
動輪径 1520mm   最高速度 85km/h

 

E10
E10

E10形式タンク1幾関車
戦後昭和23年に急勾配線区専用の大形タンク機として誕生した。国鉄最終設計の蒸気機関車であった。タンク機関車として最大で、5軸の動輪を採用し最強力のD52に匹敵するけん引力を有していた。投入された奥羽線福島一米沢間は間もなく電化されたため、九州、北陸に転用され最後は米原一田村間の小運転に昭和37年まで使用された。新製両数5両、現役なし。

軸配置 1E2     ボイラー圧力 16kg/cm2
全 長 14.5m    運転整備重量 102t
火格子面積 3.30m2  動輪周出力 1300ps
動輪径 1250mm   最高速度 65km/h

(原文ママ)

【第98回鉄道記念日】入場券/長野駅

2120
2120

2120形式タンク機関車

明治中期の代表的貨物機関車で、2100、2400、2500形式も殆ど同じで、明治の機関車として同系形式の最大両数の528両が活躍した。英国製が多く米国独国からも輸入され、10両は神戸工場で製作された。又一部は日露戦争に野戦用として大陸に渡った。小形の割合にけん引力が強く、本線使用後も入換用として戦後まで長く愛用された。

軸配置 C1      ボイラー圧力 11.3kg/cm2
全 長 10.2m    運転整備重量 49.9t
火格子面積 1.3m2  動輪周出力 530ps
動輪径 1250mm   最高速度 65km/h

 

9600
9600

9600形式テンダ4幾関車

国鉄の機関車は明治期は輸入機が主力で、明治中期に国産機が誕生し大正前期には完全に国産化された。大正2年製の9600は貨物用で、8620とともに国産標準機の第1号であった。ずんぐりした力牛のような形態でけん引力が強く、広火室ボイラーの採用により出力も大きい。新製両数784両、現在なお287両の大量が残って主として入換用に活躍している。

軸配置 1D      ボイラー圧力 13kg/cm2
全 長 16.6m     運転整備重量 95t
火格子面積 2.32m2  動輪周出力 870ps
動輪径 1250mm   最高速度 65km/h

 

C56
C56

C56形式テンダ機関車

昭和10年に簡易線用の小形機関車として誕生した。C12形式タンク機のテンダ版で性能は同一である。簡易設備の支線区の後進運転にも便利のようにテンダの両側が切り取られている。戦時中90両が南方作戦のため海を渡った。新製
両数164両、現役両数は35両。

軸配置 1C      ボイラー圧力 14kg/cm2
全 長 14.3m     運転整備重量 66t
火格子面積 1.30m2  動輪周出力 505ps
動輪径 1400mm   最高速度 75km/h

 

D50
D50

D50形式テンダ機関車

大正12年に誕生した国産標準形の第3号の大形貨物機であった。当時としては画期的の大形機で、自動連結器の採用と相まって貨物列車の単位を大きくし幹線の輸送力を飛躍的に増強した。(当時9600けん引の700tをD50は1000tけん引にした)新製両数380両、現役両数は3両。

軸配置 1D1     ボイラー圧力 13kg/cm2
全 長 20.0m    運転整備重量 127t
火格子面積 3.25m2  動輪周出力 1280ps
動輪径 1400mm   最高速度 75km/h

 

D51
D51

D51形式テンダ機関車

昭和11年に誕生した標準大形貨物用機関車である。大正12年製のD50と性能はほぼ同じであるが、徹底的に改善近代化された。国鉄機関車では最大両数の1115両が量産され、性能とともに国鉄の蒸気機関車を代表する名機である。全国の幹線、亜幹線の貨物機及び勾配線区の客貨機として使用されている。現役両数は756両。

軸配置 1D1      ボイラー圧力 15kg/cm2
全 長 19.7m     運転整備重量 126t
火格子面積 3.27m2  動輪周出力 1280ps
動輪径 1400mm   最高速度 85km/h

(原文ママ)

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